変動する大地との共生

洞爺湖有珠山ジオパークでは、約11万年前の巨大噴火でできた洞爺湖、約2万年前の火山活動でできた有珠山など、繰り返される火山活動により変動する大地の姿を体感することができます。また、縄文の人々の暮らしが分かる遺跡やアイヌの人々の生活の証なども多く残され、火山と共生してきた人々の歴史を見ることもできます。

洞爺湖有珠山写真

防災教育

「変動する大地との共生」つまり、噴火を繰り返す有珠山と共生していくため、地域住民の中から「火山の魅力」と「災害と向き合う知恵」を語り伝える担い手「洞爺湖有珠火山マイスター」を認定しています。認定された火山マイスターは防災学習の講師や教育旅行の案内役として活躍しています。

洞爺湖有珠山写真

大地(ジオ)の恵み

噴出物が堆積して平坦になった地形(火砕流台地)は野菜の栽培に適し、内浦湾(噴火湾)に入り組んだ海岸地形は魚の格好の住みかに、火山灰や軽石が混じった土壌は果樹をよく育て、この地域の特徴でもある温暖な気候は畜産に適しています。噴火を繰り返し、変化してきた大地が様々な恵みをもたらしています。

主な見どころ・
おすすめジオサイト

洞爺湖

約11万年前に発生した巨大噴火によって大量のマグマが地表に放出されたためカルデラが形成されました。その後、カルデラ内に水が溜まり現在の洞爺湖となりました。洞爺湖は面積では国内で3番目に大きいカルデラ湖であり、中央には約5万年前の噴火で形成された溶岩ドーム群からなる中島があります。

周辺には多くの動植物が生息し、洞爺湖有珠山ジオパークにおいて重要な見どころの一つです。

洞爺湖 写真
洞爺湖 写真

中島

中島は約5万年前に噴火口を次々と移動させながら火山活動を繰り返してできた火山です。中島大島と3つの独立した島を総称して中島と呼んでいます。中島にある散策路では、中島を作った火山活動の様子が分かる地形や地層、中島の環境に適応して独自の生態をもつエゾシカを見ることができます。また、大島には縄文時代の遺跡があり、3000年前の縄文土器や石器が見つかっています。湖に浮かぶ島の遺跡は全国的にも希少です。

中島 写真
中島 写真

北黄金貝塚(きたこがねかいづか)

縄文時代早期(約7000年前)~中期頃(約4500年前)の遺跡群。5つの貝塚と住居跡、お墓等から多数の縄文人の人骨、石器、土器・骨角器などが発掘されました。特に儀式の場ともなっていた水場遺構は北海道唯一の貴重なものです。昭和62年には国の史跡に指定され、平成13年には史跡公園施設として整備され、遺跡の見学、学習の場として公開されています。

北黄金貝塚(きたこがねかいづか)
北黄金貝塚(きたこがねかいづか)

カムイチャシ史跡公園

カムイチャシは海岸に突き出した丘で、原形のまま残されている道南随一の史跡です。「カムイチャシ」はアイヌ語で「神の砦・館」を意味し、神秘的な雰囲気のある場所です。135段の階段を登って公園へ行くと、木製の遊歩道や東屋が整備され、展望台からは大きく広がる噴火湾を一望することができます。2010年には国指定の景勝文化財「ピリカノカ」に指定されました。

カムイチャシ史跡公園
カムイチャシ史跡公園

小幌洞窟

日本一の秘境駅「小幌駅」から徒歩20~30分の距離にある小幌洞窟。もともとは先史時代の遺跡であり、小幌洞穴遺跡と名付けられています。発掘調査では、約2000年前の貝塚が発見され、多数の土器や石器とともに、人骨も見つかっています。また、この洞窟に祀られている岩屋観音には、円空が1663年の有珠山噴火で大量に煙を上げている有珠山を見て、1666年に小幌洞窟で仏像を彫り、山が鎮まるよう安置したという言い伝えも残っています。1663年の噴火がこの地の人々にどれほどの恐怖を与えたのかを知ることができる重要なジオサイトです。

小幌洞窟
小幌洞窟

有珠善光寺・善光寺自然公園

有珠善光寺は826年に比叡山の僧であった慈覚大師が自ら彫った本尊阿弥陀如来を安置し、開山したと伝えられています。有珠山山麓にあり、度々噴火を繰り返す有珠山の様子や災害について、多くの記録を残しています。境内の自然公園には大小様々な溶岩の塊が散在し、岩屑(がんせつ)なだれが堆積したままの状態が残されています。その岩の割れ目に根を下ろした「石割桜」と呼ばれる桜の老木が名所となっています。

有珠善光寺・善光寺自然公園
有珠善光寺・善光寺自然公園

昭和新山

もともとは麦畑や集落があった平坦な土地が、1944-45年の有珠山噴火で隆起して昭和新山が誕生しました。赤茶色の天然レンガで覆われている溶岩ドーム部分の地表の温度は、現在でも高いところで100℃ほどあります。また、噴火当時、郵便局長であった三松正夫氏が昭和新山の生成過程を克明に記録した「ミマツダイヤグラム」も有名です。

昭和新山の近くにはミマツダイヤグラムをはじめ、三松正夫氏が残した絵や記録などの貴重な資料を展示している三松正夫記念館もあります。

昭和新山
昭和新山

1977年火山遺構公園

1977-78年の噴火による地殻変動で、病院の建物の地下に断層ができて徐々に建物が破壊されてしまいました。噴火当時、この病院には230名の入院患者がいましたが、病院スタッフの誘導で徒歩での避難を開始、また、車両によるピストン輸送も行われ、短時間での緊急避難を成功させました。

この場所は火山災害を広く伝えていくため、倒壊した建物を保存、解説看板を設置して一般に公開されています。

1977年火山遺構公園

旧とうやこ幼稚園

2000年3月、有珠山の北西山麓で開始した噴火は爆発を繰り返し、地下の岩盤を壊して、噴石が西側の狭い範囲に落下しました。地表に落下した噴石は土煙をあげ、岩石の破片が飛び散りました。火口から600メートルの位置にあった「とうやこ幼稚園」は噴石の直撃を受け、建物には大きな穴が開き、園庭にも多数の噴石が散らばりました。また、地盤の隆起で園庭が傾いたことがプールの水面の傾きからわかります。

旧とうやこ幼稚園写真
旧とうやこ幼稚園写真

2000年噴火遺構公園

2000年の有珠山噴火では、火口から熱泥流が発生しました。3棟あった5階建ての町営住宅団地、町営浴場、町立図書館、小学校、民家が泥流に埋まり、当時の国道230号と町道に架けられた橋は流され、町営住宅にぶつかりました。将来の噴火に備えて、広い砂防施設を建設するにあたり、町営住宅の1棟、国道の橋、町営浴場を砂防施設内に残し、噴火遺構として保存展示されています。また、この遺構公園周辺は金比羅火口災害遺構散策路として整備され、2000年噴火の火口や断層なども見ることができます。

東桜島小学校・桜島爆発記念碑
東桜島小学校・桜島爆発記念碑

基本情報

ジオパーク名:洞爺湖有珠山ジオパーク

ジオパーク名(英語表記):Toya-Usu UNESCO Global Geopark

団体名:洞爺湖有珠山ジオパーク推進協議会

構成自治体名:北海道伊達市、豊浦町、壮瞥町、洞爺湖町

お問合せ先

■洞爺湖有珠山ジオパーク推進協議会

〒049-5692 北海道虻田郡洞爺湖町栄町58 洞爺湖町役場ジオパーク推進課内

TEL 0142-74-3015 FAX 0142-76-4727

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